2023.07.10

小切開低侵襲心臓手術(MICS)とは?

小切開低侵襲心臓手術(MICS)とは?

心臓手術では胸の中央を大きく開く”胸骨正中切開”が一般的です。しかし近年では小さな切開創で行う心臓手術、小切開低侵襲心臓手術MICS)が普及してきました。MICSでは手術創が5~6cmであることから手術後の回復が早い、手術創が目立ちにくいなどさまざまなメリットが挙げられています。

MICSとはいったいどのような手術方法なのか、近畿大学医学部 心臓血管外科学教室 准教授 岡本 一真おかもと かずま先生に解説いただきました。

MICSとはminimally invasive cardiac surgeryの略で、低侵襲(minimally invasive)な心臓手術(cardiac surgery)という意味です。小切開心臓手術、ポートアクセス手術とも呼ばれています。

一般的な心臓手術では胸骨を大きく縦に切開する胸骨正中切開を行います。しかし胸骨正中切開は胸骨を全切開するため、胸の真ん中に20cm以上の長い傷がつくだけでなく、退院までの日数、また日常生活や社会復帰までに時間を要します。

一方でMICSは小切開で心臓手術を行います。一般的には胸骨の第四肋間ろっかんに沿って5~6cm切開します。切開創が小さいため早期の回復が可能になり、患者さんへの負担を軽減することができます。

mics手術と正中切開との比較

MICSでは小さい切開創から特殊な器具を挿入して手術をします。手術創が小さく手術の視野(術野)が狭いことから、一般的な手術と比較すると格段に難しくなります。そのためMICSを行うには手術技術、豊富なMICSの経験、そして手術チームの連携が重要です。

MICSは「低侵襲な心臓手術」と訳されますが、厳密には小切開の心臓手術といえます。そのためMICSの中には胸骨を切開する手術も含まれます。

 

mics手術のイメージ

 

MICSは主に下記の病気を対象とします。

 

MICSのメリット

MICSは小切開で行うため、手術後の傷あとが小さくなります。また胸骨の第四肋間に沿って切開する場合には、胸骨に沿って切開する胸骨正中切開に比べると傷あとが目立ちにくいです。

手術創が小さいため、手術中の出血量や輸血量が少なく、患者さんの体への負担も少なく済みます。

MICSでは、第四肋間に沿って切開する場合が多く、胸骨を切離しません。胸骨正中切開と比べると術後の運動制限がなく早期にリハビリテーションを開始できるため、早期回復につながります。

当院におけるMICS施行後の入院期間は約6~7日です。一般的な心臓手術の入院期間は、術後最短でも2週間、長ければ1か月程度を要します。一般的な心臓手術に比べるとMICS後の入院期間は短いです。症例にもよりますが、MICSでは術後約1週間で退院、デスクワークであれば約3週間で社会復帰が可能です。

胸骨正中切開の場合、切開した胸骨の接合に3か月程度かかるため、回復するまで運動に制限がかかります。また、自動車の運転もしばらくのあいだ禁止されるため、生活の主な交通手段が自動車の方はそのような運動制限が大きな支障となります。その一方、MICS手術では胸骨を大きく切開することがないためこうした運動制限は少ないです。

胸骨正中切開では胸骨を切開するため、胸骨の感染から縦隔炎(縦隔とは左右の肺と胸椎、胸骨に囲まれたスペースで心臓も含まれる)を発生するリスクがあります。胸骨感染を引き起こしてしまうと、その治療のために入院期間が長くなってしまいます。MICSによって胸骨を切開しない手術をすれば、胸骨感染のリスクはないと考えられます。

メカニズムはまだ明らかになっていませんが、MICSでは胸骨正中切開よりも術後における心房細動の新規発症リスクが低いことが報告されています。心房細動を発症してしまうと入院期間が長期化してしまうため、そうしたリスクが低いことはMICSの利点です。

一方で、たとえば僧帽弁手術を例に挙げても、そもそも心臓の弁を形成するために高い技術が求められます。そのため手術創が小さいかどうかも重要ではあるものの、しっかりと弁形成ができるかどうかがより重要です。患者さん個々の状態を見極め、手術を適応するかどうかを的確に判断することが大切です。

僧帽弁手術については記事2『僧帽弁閉鎖不全症の治療法「僧帽弁手術」とは?』をご覧ください。